一面に広がる緑の草原を、3つの
人影が歩いていた。
先頭を歩くのは、真っ赤なパイロ
ットスーツに身を包んだ茶髪の若
い女性だ。
腰の高さまで生えた草を、なんの
迷いもなく、掻き分け、踏み越え
ながら、
その視線はただまっすぐと一点を
見据え躊躇いなく歩みを進めてい
る。
それ続くのは、彼女が歩くことによって出来
た道をたどる少女だった
。
取り囲むように生える背の高い草
達には、まだまだ背が届かないた
め、
遠方からでは頭の上につけている
二つの髪飾りしか見えないことだ
ろう。
まだ幼い身体にぴったりと張り付
くような耐圧スーツと、
それと全く不釣り合いな毛
糸の外套をまとい、
その腕にどこかその少女自身に似
たツインテールのぬいぐるみを抱
えたまま、
少女は脇目もふらず前を歩く女性
の後を必死になってついていく。
そんな彼女の数歩後ろには、白い
コートを羽織った青髪の青年が続
いていた。
獣道のような軌跡を必死に歩く少
女が、いつ倒れても支えられるよ
うに、
かといって、お節介を嫌がる少女
の威厳を損なわないように微妙な
距離を取って。
青年は少女から決して視線を離す
ことなく 列の最後尾を務めている。
どれぐらい進んだだろうか、青年
が、前を歩いていた少女の『異常
』に気づいたのは。
異常といっても危機的な内容では
なく。むしろ、少女と旅をするよ
うになってから
幾度となく遭遇した反応で…
「ねぇ、おなかすいたの!」
青年が声をかけようとするより半
瞬早く、少女の声が草原の中に響
き渡った。
歩く事にも飽きてしまったのだろ
う。そのまま倒れた青草の上にぺ
たんと座り込むと、
前を歩いていた女性を、その愛ら
しい瞳で精一杯にらみつける。
その幼いながらもしっかりとした
恨みの念に、女性は大仰な溜息を
ついてみせると、
少女に視線の高さをそろえるため
、自らもすとんと青草の上にしゃ
がみ込んだ。
「ねぇ、我が侭を言わないで。朝食なら採ったでしょう?」
「でも…ミク、おなかすいたんだ
もん。」
むぅと頬をふくらませてしまって
は、テコでも動かないことは
百も承知だ。
困り切った表情
の女性がこの様子を見守っていた
青年の方へと視線を向けると、
その視線で全てを悟ったのだろう
、口の片側だけを器用に歪ませ青
年は苦笑した。
「…わかりました。何か無いか探
してきます。」
「頼んだわよ、【CRV02】」
「はい。では、【CRV01】と
ミクは先に管制室へ向かっていて
ください。」
宇宙船Palumbus号の冒険
一面金属とシリコンとクォ
ーツの板(プレート)に囲
まれた部屋。
所々壁や天井の隙間から緑に苔む
したツタや根っこが浸食してはい
るものの、
この部屋の持っている本来の機能
は一部たりとも損なわれてはいな
いようだ。
そんな部屋の中央、幾重にも光る
窓(ウィンドウ)が浮かび上がっ
た巨大な板を前に、
深紅のジャケットを肩にかけたC
RV01は、凄まじい早さで手と
指を動かしていた。
それだけではない。彼女のまるで
大型のヘッドフォンのような部分
から這い出した、
幾つものケーブルが全て彼女の叩
く操作盤(コンソール)へと繋が
っており、
その腕が一つのキーを叩く度、そ
の視線が一つの窓を捉える度に、
怒濤の勢いで
正面の画面が切り替わっていくの
が見える。
そんな視覚の洪水が起きているすぐ横
で、ミクと呼ばれた少女は
ぬい
ぐるみを抱きかかえながら大きな
椅子に腰掛
け、うとうとと舟をこいでいた。
そびえ立つかのような背もたれと
、包み込むかのような立派な腕お
きは、
その幼い身体からすれば、椅子と
言うより揺りかごと形容した方が
よいかもしれない。
「ただいま戻りました」
「んぅ…おにいちゃん、おかえりな
さぁい」
壁に埋め込まれたモーターの高い
音と共に壁が開き、先ほどの青年
が入ってくると、
ミクは眠い目をこすりながら、彼
を迎えようと、腕置きの脇から顔
をのぞかせた。
そんな少女の様子にCRV02は
その青い瞳を細め、腕に抱え
た赤い果実を一つ、
そのちいさな鼻先へと差し出した
。
「はい、下の区画の幹に沢山実っ
てましたよ」
「うわぁ!ありがとっおにいちゃん
! …いただきますっ!!」
迷い無く木の実にかぶりつくミク
を不安そうに眺め、CRV01は
青年に問いかけた。
「…大丈夫なの?汚染とかされて
ないでしょうね」
「簡易分析では毒性は検出されま
せんでした。残留放射能反応もあ
り
ません。
それに、糖を多く含んでいたので
、ミクにはきっと甘く感じられ…
」
「んー!すっぱーいっ!!」
見事なタイミングで発せられたミ
クの言葉に、二人は思わず顔を見
合わせる。
やがて、見開かれた青い瞳が申し
訳なさそうに伏せられ、CRV0
2はぼそりと呟いた。
「…なかったみたいですね…有機
酸を考慮するのを忘れていました。
」
「だから、同型機に比べて貴方は抜けてるって言うのよ。CRV02。」
CRV01は今日何度目かの溜息
をはきながらミクの側へと膝をつ
くと、
果汁でべたべたになったミクの口
元を、懐から取り出したガーゼで
丁寧に拭う。
「ミク、やめときなさい。船に戻
ったらまともな食料をだしてあげ
るから」
「ん~、でもこれ、すっぱいけど
あまくておいしいよ?」
思いもかけないミクの反応に、C
RV01はどこか不服そうに首を
かしげた。
「…やっぱり、天然物が
一番って事かしら?」
「無意識に天然成分を欲している
のかもしれませんね。…それで、いかが
ですか?」
CRV02の発言の最後。その問
いかけはミクに関してのものでは
無
い。
当然それを理解したCRV01は
無駄のない操作で立ち上が
ると、
再び巨大なスクリーンの前に立ち
、音をたててキーをを叩いて見せ
た。
「無理ね。」
現れたいくつかの画像をにらみつ
けながら彼女はきっぱりと言い切
った。
「いつもの通りよ。『失踪』以
前のデータは全部無くなってる
。
それと、電池パネルの4割が止ま
ってるわね、空調システムもほと
んどダメダメ。
幸い外装に傷がないのと、調光が
生きてるおかげで樹木(プラント
)達が
光合成してくれてるからミクの活
動に支障があるレベルではないけれど
…」
赤いマニキュアがほどこされた指
がコンソールをなぞると、正面の
スクリーンに
巨大な金属の柱と、それに絡みつ
くように這う無数の植物の映像が
映し出された。
「主軸(メインシャフト)にプラ
ント達の根が絡みついて、締め付
けてるのよ。
もう既に何カ所か崩壊してる部分
もあるわ…」
「修復は不可能なんですか?」
CRV02の問いかけに、CRV
01はゆっくりと頭を横に振る
。
「…新たな主軸を持ち込めばあるい
はって処。それでももって10年
かそこらね」
「結局ここも完全放棄された後と
いう事ですか」
どちらからともなく溜息をついて
から、CRV01はスクリーンへ
、否、
その向こう。いくつもの金属の障
壁を越えた真っ暗な世界へ声を荒
げていた。
「まったく…こんな子一人おいて
、『人間』達はどこ行ったんだか
!」
*****
「CRV01、CRV01。聞こ
えますか?」
宇宙船Palumbus号のメイ
ンデッ
キ。
白と黒のド
ットが明滅を繰り返していたそのスクリーンに突如青髪の青年が映し出
された。
「…どうしたのCRV02。もう
少しでメトセラ型ドングリが作れ
るところだったのに」
操舵シートに深く腰掛けスクリー
ン上を眺めていたCV01は、心
底不服そうに、
彼女の「カワイイ」ドット達の進
化を中断さ
せた張本人を睨み付けた。
彼の、文字通り、ライフワークで
ある
恒星観測が終わったというのなら
、
デッキに直接戻って来れば良いの
であり、わざわざ船内通信を使う
必要はないのだ。と、
少なくとも5桁は繰り返さ
れたやりとりに、CRV01は不
機嫌をあらわに対応したのだが
…当のC
RV02はそんなことを気にする
素振りも見せなかった。
「ライフゲームも結構ですが、正体を確認できない人工物がこの船に近
づいてきますよ。」
それどころか、CRV02の放っ
た内容はその飄々とした声に全く
似合わぬ不穏な内容で、
聞くやいなやCRV01は血相を
変えてシートに備え付けられた操
作卓に指を滑らせていた。
スクリーン上、CRV02の映像
を押しのけて中央に陣取ったレー
ダー画面には、
確かに、彼が言った通りの方角に
、小さな人工物の反応が映し出さ
れている。
航行に邪魔な大きさではないので
、精密な観測を行っていたCRV
02に言われなければ、
小惑星か何かの屑かと思い込んで
見落としたままだったに違いなか
ったはずである。
とりあえず、敵意のある存在でな
かったことに胸をなで下ろし、
CRV01は画面の隅に追いやら
れたCRV02の映像へと目を向
け直した。
「…まぁたどっかの海賊(バカ)
がばらまいた機雷とかじゃないで
しょうね」
「違います。兵器ではありません
。というより…旧型の緊急脱出ポット
のような形状ですね。」
こちらではその存在を感知する事
しかできない遠方の小物体にもか
かわらず、
恒星観測用の設備を持
つCRV02の側は、既にその
物体の外観まで確認できているようだ。
航行用設備の拡充を一人心に
誓いつつ、近隣で起きた宇宙船事
故情報を一読すると、
CRV01は困ったように首をか
しげた。
「脱出ポットだとしたら、こっち
から呼びかければ反応するんじゃ
ないの?」
「先程から繰り返し確認信号を送
っています。しかし……やはり無反
応のようです。
ポットのシステムも乗員も機能停
止(ダウン)してるのかもしれま
せん。」
「…放って置くわけにいかないわ
ね。CRV02、回収するわよ!
」
「了解(ラジャ)」
哀れな遭難者を救うべく方向を転換
したPalumbus号は、恒星
観測軌道を離れると、
電磁プラズマの青い光をひいたま
ま、恒星系内を滑るように動いて
いく。
やがて、メインデッキのスクリー
ンにもポットの姿がはっきりと映
し出される距離に
まで近づいたとき、スピーカーか
らCRV02の押し殺したような
呟きが零れていた。
「…酷い、ですね。恒星
の磁気嵐に巻き込まれたのでしょ
うか。」
「そうね。しかも随分旧型のポッ
トだし、いったい何百年宇宙を漂
ってたんだか…」
船に近づいてきたのは、所々内部
構造がむきだしになったボロボロ
のポットだった。
しかも、現在普通に見られるよう
な構造ではなく…技術史データブ
ックの挿絵に
記録されているような、一目で古
い時代の物とわかるようなもの。
二人は互いに険しい表情をスクリ
ーン越しに向かい
合わせていた。
「どうしましょうか。これでは中
の
乗員も無事ではないでしょう。
」
「でも、遭難ポット見つけた以上
、回収しないと宙航規則に反しち
ゃうわ。」
気は重いけどね。とおどけた口調で
付け加えるCRV01に頷いてか
ら、
CRV02は転送ビームの照準を
漂うポットへと向けた。
「第2格納庫に引き上げます」
「任せたわ。」
新型バサード・ラムスクープと重
水素核融合炉。
通常インパルスエ
ンジンと独立したワープドライブを備え、
太古に母星の空を自在に飛んでい
たという生命を思わせる優美な造形美。
そんな売
り文句に飛びついて、大枚はたい
て手に入れた愛機ではあるが…
乗
員が二名しかいない以上、船長(キャプテン)であろうとも
雑用をこなさなければなら
ない。
ボロボロのポットから、遭難者を
『回収』するという。考えただけ
で気の重くなる
作業を前に、CRV01は気合い
を入れるかのように両手で両頬を
パチンと叩いた。
そしてそのままシートから勢いよ
く立ち上がると、深紅のジャケッ
トの裾をなびかせながら、
CRV01は厳しい表情のままポ
ッドが転送されてくる格納庫へと
足を向けた。
CRV02が格納庫へ入ると、そ
こには転送されてきた黒こげのポ
ットと、
先程までの気の進まなそうな表情
など消し飛んだように真剣な面持
ちで
ポットの側面へとへばりつくCR
V01がいた。
「大変よCRV02!」
CRV01は、その鳶色の瞳を輝
かせながら言った。
「航行機能やらなにやらは破壊さ
れてるけど、中から動力反応があ
るの!」
「なんですって?」
動力反応があった、ということは
中の乗員はまだ活動しているとい
うことだ。
にわかに信じがたい話ではあった
が、この状況でわざわざ彼女が嘘
をつく必要はなく、
何より、真剣さの中にも喜色が混
じった表情で、ポットを開けよう
と奮闘している
その表情こそが一番真実を物語っ
ている。
「内部の機能は動いてるみたいな
んだけど、外側と扉は完全に壊れ
てるのよ…
…まぁ仕方ないか。扉のロック部分を発
破するから、ちょっと離れてて」
忠告に従い、CRV02がポット
の正面に置かれた積み荷の陰に身
を寄せると
CRV01は用意した火薬を扉の
周囲に仕掛け、自らも
後方に隠れるように身を潜めた。
「聴覚センサやられないように、塞いで
なさいよ!!3・2・1・Acc
endo(点火)!」
大音量の破裂音と共に、勢いよく
周囲に装置の破片が飛び散ってい
く
破片が周囲にぶつかる乾いた音が
止むと、ギィギィと重い金属が軋
むような音が響き、
次いで、轟音を立てて分厚い扉が
格納庫の床へと転がった。
「…これでいいわ。CRV02
、中のお客さんを外に出してあげ
て」
ポットの陰から顔をのぞかせ、扉
が無事外れたことを確認した鳶色
の瞳が、
明るい声で青い瞳に語りかける。
しかし、既に内部が見えているは
ずの相手は何故かぴくりとも動こ
うとはしなかった。
「CRV02?どうしたの?」
再度の問いかけにも青い瞳は反応
を返さず、ただ、開いたポットの
入り口を
呆然とした表情で眺め続けるだけ
のCRV02に、不審そうにCR
V01が尋ねる。
「さっきの爆音で聴覚やられたん
じゃないでしょうね?だから塞い
どけって注意…」
「そんな……これは……」
ようやく絞り出された声は、普段
の彼からは考えられぬほど、ひど
く動揺している。
これはただ事ではないと感じ取っ
たCRV01が、直ぐさまポット
の内部をのぞき込み…
そして、CRV01もそのまま言
葉を失った
ポットの中にはギッシリと見たこ
ともない装置が詰め込まれていた
。
それら微弱な碧い光を零す幾つか
のモニターと複数のパイプの中央
には、
内面を霜で覆われた透明なカプセ
ルが埋もれるように設置されてお
り、
さらにそのカプセルの中には、丸
くなって眠る、一人の幼い少女の
姿が見える。
その少女の顔半分を覆うように取
り付けられているのは呼吸を確保
するためのマスク
モニターの一つには、疎らではあ
るが規則正しい波が描かれている
…
間違いない。この少女は、彼らとは異な
る存在。
遙か昔、過酷な環境での作業に従
事させる為、彼らを製造し、
彼らを支配し、そして…ある時、
彼らを残して泡沫のように消えて
しまった…
「……本物の…『ニンゲン』……
?」
*****
コロニーの管制室からPalumbus号のメイ
ンデッ
キに戻ってからも、
何処かさえない顔つきのCRV02にCRV01は首をかしげた。
「CRV02?」
呼びかけに、CRV02はなんでもないというように、静かに首を振ると小さく呟く。
「…いえ、ミクをみつけた時のことを回想していました。」
「そっか…冷凍睡眠を解いてから5年だったっけ。…随分と変わるものね」
「『人間』は成長、しますから。もう何年かは同じペースで成長するようですし。」
額にかかった焦茶の髪をかき上げて、CRV01は大きな果実にかぶりつくミクを見る。
「ミクは女の子だから、最終的には私みたいな姿になるんだっけ?」
そう問いかけられたCRV02は、その乳白色の細い指を唇に当てると、
しばし考え込むような仕草をみせながら、目前でその立派な胸を張るCRV01と、
口いっぱいに物を頬張るミクを交互に見つめ…
やがて畏まった表情で「個体差はあるようですけどね。」とだけ音にした。
おかしそうに笑うCRV01につられ、自ら苦笑していたCRV02だったが、
ふと、その視線を落とすと静かな声で言葉を続けた。
「そう。そして成長が止まった後、老いて…やがて死に至ります。」
笑いを止めたCRV01の横で、青色の瞳がそっと伏せられる。
「ミクが死んでしまう前に、『人間』のもとへ送り届けられるといいのですが…」
それは、ミクを見つけてからの彼らの旅の目的であり、唯一つの願いだった。
ミクが乗っていたポッドは旧式でボロボロだったが、内部機構は生きていたため、
ポッドが母船から切り離されたのは、人間が消えた『失踪』以後だと判断できた。
それどころか、彼らの常識からすれば、そのずっとずっと後の時代まで、
少なくともミクとその家族はこの宇宙の何処かで存続していたはずなのだ。
二人は旅の目的を、宇宙探査から『人間』探しへと切り替えた。
しかし、当然のことながら、旅は順調には進まなかった。
時間と共にどんどん劣化していく、生きていた『人間』の痕跡。
彼らの世界に『人間』の情報はほとんどなく、当然行く末を知るものなど存在しない。
僅かに残された人間用のコロニーも、とう昔に崩壊しているか、
今回のように内部に残ったプラント達に浸食され、崩壊を待つばかり…
どこを探せど『失踪』前のデータはほとんど残されておらず、
今まで幾度無駄足を踏んだことだろう。
そして、ミクの存在自体も、旅の足枷となっていた。
彼らに比べ遥かに弱い人間の、しかも子供。
定期的に水分養分を補給し、適切な環境を保たなければすぐに弱ってしまう。
当然、長期に渡る過酷な旅路に耐えられるはずもなく、
度々環境の整っているコロニーや惑星におりて休息を取らねばらならない…
時間だけが無為に消費されていく旅路の中で、ミクの成長は
彼らにとって至上の喜びでありそして耐え難い恐怖でもあった。
「…生きたコロニーさえ見つければ…
そこに『人間』を見つけるできるかもしれない。」
CRV01は、CRV02に向けて、と言うより自らを言い聞かせるように声を出す
「でも、それを一つ一つ調べていくって言うんだから、時間がかかるのは当たり前。
ミクを老いないようにするとしても、冷凍睡眠の技術は今では廃れてしまった…」
「…わかっています、CRV01。」
「何がわかってるって言うのよ…」
顔を上げずに返された言葉には怒りが混じっていた。
「わかってるなら何故今更そんなことを言うのよ、CRV02…
あの時、私が!不用意な発破さえしなければ…」
前髪をくしゃりと握りしめて、CRV01はセラミックの奥歯を噛みしめた。
ミクを発見した直後、呆然とする彼らを正気に返らせたのは、
ポット内部の機械が出した緊急アラームの音だった。
冬眠装置の機能停止を告げるたどたどしい合成音声に驚く二人が見つけたのは
筐体に刺さった扉の破片と、そこから漏れ出している大量の液体。
おそらく、扉を発破した際にその破片の一部が内部を傷つけてしまったのだろう。
悪いことにその破損した箇所は、装置全体の駆動に関わる重要な場所だったらしい
その後まもなく完全に機能停止した冬眠装置は、CRV01の必死の修理もむなしく
文字通りのがらくたとなって現在Palumbus号の格納庫に転がっている。
「CRV01。あの時、無理矢理ミクの冷凍睡眠を解除したのは私です。
そもそも、冷凍睡眠の解除の方法もあれで良かったのか、確証がありません。
正しくない解除方法によって機械が破損したとも考えられます。」
「そうだとしても、破損さえなければ、慌ててミクを出すこと無かったわ!」
それほどデリケートな装置が入っていたにも関わらず、安易に発破を行った事を
CRV01は自らの判断ミスだと強く後悔していた。
彼女のミスによって貴重な技術が失われてしまったのは事実だが、
あの状況においては仕方のないことであるし、なにより、失われてしまった以上、
後悔したところで技術が戻ってくるわけでもないことはCRV01自身が一番理解している。
それでも、CRV01は、同型機より遥かに責任感が強く…悪くいえばこだわりが強かった。
長年の経験からそれを熟知するCRV02は、かける言葉がなく、ただ沈黙する他ない。
「だめっ!!」
気まずい沈黙を破ったのは…ミクだった。
「おにいちゃんも、おねえちゃんも、ケンカしちゃだめ!」
CRV01とCRV02の間に両手を広げ、立ちはだかっているつもりなのだろう。
精一杯背を伸ばし二人の顔へ向けるその瞳には、涙を浮べている
「ミク…」
「ケンカしちゃだめー…」
耐えきれなくなった涙がぽろぽろと真っ赤になった頬の上をこぼれ落ちた。
幾度もしゃくり上げ鼻をすすり上げるミクを、CRV02は抱き上げ背をなでる
「大丈夫。…CRV01とはケンカをしていたわけではありませんよ」
それはミクがもっと幼い頃。理由もなくむずがる彼女に困り果てたCRV02が、
たまたま発見した旧い資料に残る人間の親子の図を真似て以来、
ミクが機嫌を損ねる度に繰り返された動作だった。
理由も、原理もわからないが、とにかくこの動作をすると、ミクは安心するらしい。
大きくしゃくり上げる声が徐々に小さくなるのを聞いて、二人はひとまず胸をなで下ろした。
やがて、その図の通りに抱き上げるには少し大きすぎる身体を片腕で支えながら、
CRV02は顔だけをCRV01の方へと向け直す。
「『恐怖』と『後悔』を感じているのは、私も同じです。CRV01。
でも、CRV01がポットを破壊して、私が冷凍睡眠を無理に解除したおかげで
生きているミクと、一緒に旅をすることができるようになりました。」
言葉を切って、CRV02は嗚咽の収まってきたミクの方へと視線を移した。
「それはそれで、素晴らしいことだとは思いませんか?」
無機質なはずの青い瞳に穏やか微笑をうかべてCRV02は問いかける。
CRV01は壊れ物に触れるかのように、
ミクの目尻にたまった涙を細い指で拭いながら静かに語りかける。
「…ねぇ、ミク?」
「…なに」
「私と、CRV02と…共にいること…辛くない?
一人だけ、変わっていくことが、怖くないの?」
すんすんと鼻をすすってから、ミクはCRV01を、不思議そうに、見上げた。
「ミク。つらくないし、こわくないよ?
おねえちゃんはミクのためにずっとお船をそうじゅうしてくれるし、
おにいちゃんはミクにいろんなことをおしえてくれるもの。
二人ともいっしょにあそんで、ごはんたべて、あたまなでてくれるでしょ?」
撫でられている感触を思い出したのか、満面の笑顔を浮かべてミクは続けた。
「だからね、ミク。おねえちゃんとおにいちゃんのこと好きなの。
わたしが『にんげん』でふたりがちがっても、好きなの。ほんとだよ?」
まだまだ「すきなところ」を続けそうな言葉を一段落させ、CRV02はミクへと問いかける。
「ミク。我々との約束を覚えていますか?
『ミクのほんとうのお父さんとお母さんをさがしに行こう』と、言ったときの約束です。」
「うん!覚えてるよ!『お父さんとお母さんをみつけるまであきらめない』の!」
すっかり元気を取り戻したミクにCRV02は苦笑した。
「幼い人間に記憶させておいて、我々が忘れるわけにいきませんよ。CRV01。」
「…そうね。その通りだわ。」
大きく頷いたCRV01の表情が、何処か好戦的な、いつものそれへと切り替わる。
「さぁ、そうとなったら気を取り直して、次のコロニー探すわよ!!」
「えぇ?もういっちゃうの?」
「ここには、『人間』は居ないようですからね。」
ミクはCRV02の腕から下ろされながら口をとがらせて不満を零した。
「やだ!赤いのおいしいから、もっとたべたいの!!」
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、いつもの調子のわがままに
CRV01とCRV02は思わず顔を見合わせ、そして同時に破顔する。
よほど赤い木の実がお気に召したのだろう。
かといって、何時までもここに滞在するわけにも行かない。
時間は有限なのだと、CRV01が忠告しようとするのをCRV02はほほえみながら遮った。
「そうですね。ここで時間を潰すのも構いませんが…
『人間』が暮らしてるコロニーにならば、もっとおいしい物がたくさんあると思いますよ?」
「ほんと?…じゃぁ、あたし、はやくそのコロニーに行きたい!」
ぱぁっと瞳を輝かせるミクに笑いかけ、CRV02がCRV01に目配せをした。
「と、我らが『人間(マスター)』がおっしゃっておりますよ。CRV01。」
「了解よ、CRV02。確かに我々はマスターのご意志を尊重しないといけないわ。」
畏まった調子の言葉に続いて、メインデッキに明るい笑い声が響く。
彼らは気付いているのだろうか?
人間に似せて作られた人型機械(オートマトン)に過ぎない彼らが、
完全な知能を持ってはいるものの、本来表面的にしか感情を持てない彼らの人工頭脳が、
彼女、ミクという特異な存在に触れることによって、
僅かにだが、思いもかけぬ方向へ、『成長』を始めていると言うことを…
「さぁ、Palumbus号発進よ!!」
発進~!と続けるミクを耐衝撃シートへ固定すると、CRV02は静かに頷いた。
CRV01はその姿を一段高い操縦席から確認し、手元のレバーを強く押し込んだ
次の瞬間その船体はは青い光に包まれ、一瞬のうちにその宙域から旅立っていった。
宇宙船Palumbus号。 その果てのない航海はまだまだ始まったばかり…
原形留めぬ元ネタは説明不要の
あの曲と昔某
雑誌で見たSF漫画などなどなど
。
palumbusは羅語でハ
トです。また何のひねりもなく…
(新大陸発見者とされ
る「コロンブス」の名前の語源になった
説もあるらしい・余談)
何らかの原因で突然人間が居なく
なってしまった宇宙でのお話。
兄さんと姉さんは、成長や、死の
概念がないロボットとか人工生命
的な何か
。
電気羊的表現だとレプリカントの
ような物だと思います。
技術に長けたパイロット
な
姉さんと、知識に長けた研究者兄
さんは
共に宇宙船Palumbus号で
終わりのない宇宙探査を行ってい
る最中にミク
を拾い、
慣れぬ子育てに右往左往しながら
も、宇宙のどこかにいるかもしれ
ない人間達に
迷子のミクを届ける為、人間を、
その痕
跡を捜す旅へ、
後に伝説と謳われ
る旅路へと出発した
のです…
(カイメイみたいだけど、恋愛要
素無しの家族物のつもりなんだぜ
、この作者)
ちなみにミクが発見された時は見
た目5歳
ぐらい(この話では10歳前後)
ですが
、
冷凍睡眠状態でどのくらいの期間
宇宙を漂っ
てたかは謎。
実はとんでもない高
齢かもしれない…ボカロ創作最高
齢ミクを狙います!
(それこそま
さに誰得)
さて、今更だがPV作者様と秦野
P他の方々に土下座してこよう。
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