年の始めの 例(ためし)とて、
終(おわり)なき世の めでたさを、
松竹(まつたけ)たてて 門ごとに
祝(いお)う今日(きょう)こそ 楽しけれ。
――「一月一日(いちがついちじつ)」
千家尊福作詞・上真行作曲
年が明けた。
相変わらず季節もへったくれもないM/F(メインフレーム)の中ではあるが、
そのプログラム達には人間が係わる以上、季節イベントの影響は確かに存在する。
ネットワークのそこかしこで、新年のお祝い文と、正月飾りが乱れ飛び
周囲に漂う晴れやかな雰囲気は間違いなく現実世界のそれと同一の物だ。
と、そんな祝いの空気が満ちる最中。
サッポロVOCALOIDの長姉であるMEIKOは、
それは悔やんでも悔やみきれないといった非常に沈痛な面持ちで、
目の前に鎮座する180mlカップ酒の独特のラベルをつたとねめつけていた。
MEIKOさんと諸悪の基
サッポロのVOCALOIDフォルダで行われる忘年会と新年会はともに、
人間やアプリケーション、所属メーカーや先輩後輩で隔てない無礼講が基本となっている。
特にプログラム的には閑散期である、正月時期の新年会の派手さは他に例えようがない
VOCALOIDは元よりUTAUや防火ロイドが紛れ込んでのどんちゃん騒ぎがほぼ夜通し続くのだ。
企業のM/Fの一角で行われるという都合上、参加者ぐらいは制限して欲しいという声も
一部からあるにはあるようなのだが…
「全員頑張っているのだから、全員を等しく労うのが当然!」というMEIKOの鶴の一声に
真っ向から逆らえる者が、このサッポロには存在しないのだから仕方がない。
実際のところ。美味しいお酒を飲む時に、いちいち細かいこと気にしてられるか!
というのが本音だろうと彼女の弟は正確に看破しているのだが…そんなことはともかく。
この気風と、年を追う毎に増えていくメンバーにより、年々この宴の規模は大きくなっていた。
未成年組は日付が変わる前に撤収し、残ったメンバーも一人また一人と帰宅していくなか
案の定というか、最後までその場に残ったのはMEIKOと彼の二人だけだ。
すっかり冷めてしまった鳥の唐揚げをツマミながら、
もはや何杯目になるかわからぬビールを傾けて、MEIKOはご機嫌な声で弟に声をかけた。
「いやぁ、今回も楽しかったわねぇ~
こんなに賑やかになるなんて、ちょっと前には思いもしなかったわ!」
「えぇ。本当に賑やかでしたね。」
すぐ隣から聞こえてきた穏やかな声に、MEIKOはふと特殊な状況であることに思い至る。
……こうして列んで腰掛けて、姉弟水入らずで話すだなんて何年ぶりだろう。
「私がリリースされて6年かぁ…ミクが出るまで、ほーんと大変だったわ~」
MEIKO自身がリリースされて1年強。彼女はずっと独りで歌い続けていた。
共に製作された仲間達は全員異国であるオクハンプトンへと渡り、
この国に唯一残された彼女はサッポロで弟機のリリースを待ちつづけた。
やがて彼女は自由に歌うソフトとして異例の人気を獲得し、彼女はますます歌に傾倒した。
人の作った歌を指示通り歌う事が己の存在意義であり、存在理由であると確信し
そして、人々は、だからこそ自分達のことを認め、愛してくれているのだと考えた。
…自分の仲間も、まだハママツにいる弟も、そう考えるに違いないと信じていた。
弟機であるKAITOリリースのその直後までは。
と、そこまで思い出してMEIKOはふるふると頭を振った。
自分と弟の間には、…この思い出にとんでもない『地雷』が埋まったままなのだ。
既に5年近く前のことである。MEIKOとしては昔の話は水に流し…といきたいところだが、
悲しいかな彼らはコンピュータプログラム。
人間のように記憶が時と共に風化するような都合の良い機能は備わってはいない。
KAITOのリリースからさらに1年半をかけ、サッポロにやってきた新たな妹のおかげで、
『地雷』となった出来事について普段は、忘れた、ように過ごせるようにはなったが…
それでも、弟の方は、一切忘れてくれるつもりはないらしい。
この話題が僅かに蒸し返されただけで、すこぶる不機嫌になってしまうのがその証拠。
大抵のトラブルなど、その優れた胆力で一笑に付してしまうMEIKOの性格を持ってしても、
己が100%加害者である事実と、それによって弟がどれだけの被害を被ったかを知っている分
この件について、KAITOが機嫌損ねる度にMEIKOは自責の念に駆られてしまう。
さて、冷静に思い返してみるに、今回の発言は割とギリギリである。
『地雷』その物に触れてはいないものの、地雷原に足を踏み入れてしまった事に違いない。
急激に口の中が乾くような嫌な感覚に、MEIKOは息を殺して隣の反応をうかがう…
ところが、その隣から返ってきたのは
「そうですよね。本当にお疲れ様でした。」
という、何とも人ごとのような呟きだけだった。
「……んもぅ、誰のせいだと思ってるの~?」
他人事のようにとぼける弟に、MEIKOは喜び半分恨み半分で抱きついた。
ようやく時間が解決してくれたとでもいうだろうか?何にせよ、変に気を遣って
びくびくしてしまった自分が馬鹿らしい。彼の頭を小脇に抱えるようにホールドし、
わたわたと逃げ出そうとする動きを二の腕と胸の合間に封じ込める。
そのまま、彼の頬をぷにぷにと突っつけば…いつになく動揺したような情けない声が上がる。
「う、わ…ちょ…ちょっと!め、MEIKOさんっ!?」
「あはははは!なつかしー!!その呼び方してくれたの何年ぶり~?
ミクが来てからずーっと「姉さん」だもんねー。しっかもやたら他人行儀でさ~
隙あらば二人の世界に籠もっちゃうし、MEIKOさんはちょっぴり寂しかったわよぉ~」
小脇に抱えた色の濃い髪をわしゃわしゃと撫でながら、MEIKOは更に続けた。
「そりゃぁさ!あんたにはひどい事言っちゃったとは思うけど、
私もあのとき大変だったんだからぁ、もーそろそろ勘弁してよね~?
せめて1回ちゃぁんと謝らせてくれたっていいじゃないのさぁ!
言おうとするとひょいって逃げちゃうんだからぁ!!もぅバカバカバカ!!」
「…な、なんのことでしょう…」
「ほらぁっ!!すぐそーやってとぼけるんだからぁ!!
いいわよ~だ!そう言う悪い子には、お仕置きしちゃうわよ~っ!!」
人の悪い、満面の笑みを浮かべると、MEIKOは腕の中で動きを封じられている
卵形の顔を艶めかしい手つきで撫でさすり……思いっきり口づけた。
「う、うひょわぁぁぁぁぁぁっ!?」
ぶちゅう。と、やたらとハデなリップ音に重なるように、情けない叫び声が上がる。
「やっだぁ!なにこのぐらいで真っ赤になっちゃってぇ!!KAITOったらかっわいぃ…」
「人の名前呼びながら、何してんだアンタは」
突如背後から聞こえたやたらドスのきいた低い声に、MEIKOはハタと動きを止めた。
ふと後ろを振り返れば…新たに作ってきたツマミを片手に青筋を立てる弟、KAITOの姿。
弟が二人。というあり得ない光景にすっかり酔いが吹っ飛んだのだろう。
MEIKOは目を見開くと、ギギギ…と音を立てそうななんともぎこちない動きで、
今しがた抱き潰したばかりの『弟』の方へと視線を動かす。
頬にぺったりと深紅のリップマークを付け、顔をそれ以上に真っ赤にして倒れていたのは、
ウエノ所属のVOCALOID。氷山キヨテル、その人だった…
「…さて、一応弁解の言葉を聞きましょうか。」
水に浸けたタオルを引きちぎりそうな勢いで絞りつつKAITOはようやく口を開いた。
その傍には、引きつったような面持ちで正座するMEIKOと、
KAITOに頼まれ、ここまで毛布を運んできたミク。
さらにソファーに倒れ込み未だに呻き声を上げている氷山キヨテルがいる。
泥酔したMEIKOの、濃厚すぎる『スキンシップ』は…成年男性型とは言え、
リリース直後のまだ世慣れしていない彼にはかなり刺激が強かったようだ。
それに加え、宴の間幾度となくお酒は苦手で…と周囲からの杯を断っていたことを考えると、
この姉の纏った強烈な酒気にもあてられたのだろう。
…ココまで来るとスキンシップどころか立派な『犯罪(アルハラ)』が成立する。
楽しい宴が一転、昏倒する羽目に陥った後輩は、顔を深紅に染めたままうなされている…
その小さな額に絞ったぬれタオルを置いてKAITOはMEIKOをギロリと睨み付けた。
自分が原因なのは百も承知ではあるのだが、いつになく機嫌が悪いKAITOに肩をすくめ、
MEIKOはそれでも場の雰囲気を少しでも明るくしようと満面の笑みを浮かべる。
「え、ええとぉ…うん。まさか氷山君だと思わなかったのよ~」
重苦しい最中にやたら薄っぺらい声が響いたなと、MEIKOはふと思った。
気まずい思いも度を超してしまうともはや他人事のようにしか感じなくなるようだ。
そんな姉の姿をどう受け取ったか。
KAITOは無言のまま、横ではらはらと成り行きを見守っているミクへと向き直った。
「…ミク。姉さんがついに禁酒を決心してくれたよ。
部屋に置いてある酒瓶全部持ってきてもらえるかな?今、この場で処分してあげようね」
「ちょまっ!!や、やめて!そ、それだけはっ!お願いだからっ!!」
「隣に誰が居るかも判別つかないぐらい泥酔する輩に、飲ませる酒なんてありません」
ばっさりと切り捨てるようにそう言われてしまえばぐうの音も出ない。
「…そ、そう言われちゃうと…言葉もないけど…言い訳ぐらいさせてちょうだい…」
酒根絶のために立ち上がろうとしていたKAITOがぴたりと動きを止めた。
睨むような厳しい視線は変わりないが、とりあえず言い訳の一つは聞いてくれるらしい。
「ほ、ほら、氷山君って、プロトタイプの頃のあんたにそっくりなのよ…
言動って言うか雰囲気って言うかさ…なんかこう…初々しいって言うか?
必死に私の後を追っかけてきて、こうキラキラとした瞳でMEIKOさん!MEIKOさん!って…
うん。お願いだからレミー・マルタンの瓶振り上げるの止めて!それまだ私口つけてないのっ!
いや、ほら、私が言いたいのはさ!!正気無くした私が一番悪いのはわかるけど、
つ~いうっかり間違えちゃってもしょうがないかなぁって…」
あははと乾いた笑い声を上げるMEIKOをジト目で見つめ、KAITOは幾度目かの盛大な溜息をついた。
「ミク。構わないから、フォルダ内にある酒瓶、全部その場で叩き割れ」
「やめてええええぇぇぇぇぇっ!!」
「で、アレが今日の分って事ッスか?」
小さなカップ酒を前に謎の呻き声を上げるMEIKOを指さし、リンが首を傾げた。
かくも波乱が起きてしまった新年会のその翌々日。
新年早々瀕死と化した不憫な先生も、miki達に担がれながらもどうにかウエノへと帰還し
周囲の空気も正月休みモードから徐々に普段の生活へと切り替わりつつある頃合いだ。
いくら年中無休のVOCALOID達も、その流れとは無縁ではない。
帰省や家族サービスなどでPCから離れていたユーザー達が復帰し、
冬季のイベントにまつわる創作活動などが一斉に開始される忙しい時期のひとつなのだ。
そんな重要な時期にもかかわらず…
十数分前からからリビング中央でMEIKOがうなり声を上げている理由はただ一つ
「…今日じゃないよリンちゃん。アレが今月分なの。
お兄ちゃん、あの後、いきなり完全禁酒はかわいそうだからって、
お姉ちゃんに『1ヶ月にワンカップ1本だけなら許しましょう』って言ってたの。
でも、約束やぶったら、お菓子とかも含めて完全アルコール断ちされちゃうんだよ。」
当時の記憶(メモリ)を一言一言なぞるミクの横で、レンが呆れたように頭を抱えた。
「180mlで30日ですか。…単純計算で一日平均6mlって…
あの…もういっその事すっぱり禁酒にした方がよかったんじゃ…」
「中途半端な情けはかえって真綿で首を絞めることにしかならないという良い例ですね。
…もっとも、CRV02の場合。それを知った上での所業の可能性がありますが。」
部屋の端に固まった妹弟達のひそひそ声など気付く素振りもなく、
MEIKOは相変わらず複雑な面持ちでカップ酒を睨み付けている…
「にぃにぃの怒りが収まるまでだろーけど、今回そーとー根深そうッスねぇ…」
ぽつりと零れたリンの呟きに、並んだ妹弟達は静かに頷くしかなかった。
めでたしめでたし
安定(?)の酒乱オチ
元ネタは「飲み屋でさんざん息子に説教してたのに、帰ってきたら家に息子がいた。」
(別に先に帰ってきたわけではないよ)という洒落になってない恩師の失敗談です。←
お酒って恐いね!
MEIKOさんは災難でしたが、氷山先生の方がもっとひどい目見てますよね。
むしろこれご褒美なんじゃないか?とは書いてる最中に思ったのですが、
そんな自分はMEIKOさんに訓練されすぎてしまったんでしょうか。
…自分はカイミク派自分はカイミク派(自己暗示)
どうでもいい話ですが、この一月一日という歌を自分が歌いますと、
「♪年の始めの例とて、終なき世のめでたさを~」の後、ほぼ自動的に
「♪お手々つないでみな帰ろう、からすといっしょにかえりましょ」
と何故か夕焼け小焼けに繋がっちゃって最後まで歌う事ができません。何故?
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